最近、美容医療はとても身近になった。シミ取りや二重手術、たるみ治療など、価格は以前よりも下がり、SNSや広告では「気軽」「短時間」「ダウンタイムなし」といった言葉が並ぶ。
けれど、その華やかなイメージの裏側で、医療関係者の間では強い危機感をもって語られている問題がある。
それが「直美(ちょくび)問題」。直美とは、医師国家試験に合格し、2年間の初期研修を終えたあと、内科や外科などの一般的な診療科で十分な経験を積まずに、直接美容外科・美容皮膚科に進む医師を指す言葉。
法律違反ではないが、けれど、「医療として本当に安全なのか」「患者にとって望ましい形なのか」という点で、多くの疑問が投げかけられている。
そもそも、医師はどんな経験を積むべき職業なのか本来、医師は医師免許を取ったあと、さまざまな診療科を回りながら経験を積む。
そこでは病気を一つの症状だけでなく、全身から考える視点。合併症や持病を踏まえた治療判断、急変やトラブルが起きたときの対応。「最悪の事態」を常に想定する姿勢等。こうした経験は、教科書だけでは身につかない。
実際の患者を前に、迷い、悩み、失敗から学ぶ中で、少しずつ培われていくもだと現場の医師は言う。
ところが直美ルートを選んだ医師は、この過程をほとんど経験しないまま、美容医療の現場に立つことになるのだ。ある医師はここに、構造的な問題があると断言する。
医師の「偏り」が日本全体で進んでいる

日本では毎年、約1万人弱の医師が新たに誕生している。そのうち200〜300人が、直美ルートを選んでいると言われている。
一見すると少ない数字に見えるが、これは、医学部2〜3校分に相当する人数だ。
国はこれまで、高齢化社会や地域医療の人手不足に対応するため、医学部定員を増やしてきた。
ところが、その成果として増えた医師の一部が、保険診療の現場ではなく、都市部の美容医療に集中しているのが現状だ。
その結果、地方では医師不足が解消されない、救急や内科、小児科などの担い手が減る。一方で都市部では美容クリニックが過密化するといった医療のアンバランスが生まれている。
美容医療そのものが悪いわけではない。
ただ、「どの分野に、どれだけの医師が必要か」という社会全体の視点が、今の流れでは置き去りにされているのではないだろうか。
「売上」が判断基準になりやすい環境
直美医師を積極的に採用しているのは、全国展開を行っている大手美容クリニックが多い。
採用ページには「未経験可」「ゼロから教えます」といった文言が並び、若い医師にとっては魅力的に映るだろう。当然ながら、美容医療は自由診療。保険診療と違い、価格や治療内容はクリニック側が自由に決められる。
この仕組みは、短時間で多くの施術ができるため、利益率の高い治療が優先され、売上が医師の評価につながるという環境を生みやすくする。
医師としての経験が浅い段階で、こうした環境に身を置くと、「患者にとって最適な治療とは何か」よりも、「どの治療が効率がいいか」が判断基準になってしまうと危惧する医師は多い。
「もしも」のときの対応力に差が出る

医師は、技術職であると同時に、強い倫理観が求められる職業だ。人の身体を扱い、ときには生死に関わる判断を下す。
従来の医師は、救急現場での緊張感、手術後の合併症対応、患者や家族からの厳しい言葉。
こうした経験を通じて、「医師であることの重さ」を体で理解していくという。
だが直美医師は、こうした過程をほとんど通らずに、美容医療の現場に入る。
そこでは、結果が「売上」や「数字」として見えやすく、医療の本質が見えにくくなることもあるのではないだろうか。
近年、美容外科医による不適切な言動や不祥事がたびたび話題になるが、その背景には、医師としての自覚や抑制が育ちにくい構造があるとの指摘もある。
美容外科の手術は、「命に関わらない」と思われがちだが、実際には、出血、アレルギー反応、ショック状態など、予想外の事態が起こる可能性がある。
経験を積んだ医師であれば、こうした状況でも冷静に対応できだろう。
だが臨床経験が少ない直美の場合、判断に迷う。対応が遅れる、適切な助けを呼ぶ判断ができないといったケースも少ないと言う。
これは能力の問題ではなく、明らかに経験の差だ。「何も起きなかった経験」と「何かが起きた経験」では、対応力に大きな違いが生まれるのは自明の理。
私たちができる身を守る選び方
ここで大切なのは、「直美医師=危険」と決めつけないこと。同時に、「安い・早い・簡単」という言葉だけで選ばないことも重要だ。 美容医療を受ける前に、次の点を意識したい。
■ なぜその治療が自分に必要なのか、理由を話してくれるか
■ デメリットやリスクについても説明があるか
■ 「今すぐ」「これしかない」と急かされていないか
美容医療はあくまでも医療だ。だからこそ、「選ぶ目」を持つことが、自分の身体を守る一番の方法になる。
直美問題を知ることは、不安になるためではないし、不安を煽ることでもない。
正しく知り、冷静に選ぶための材料を持つことが何よりも求められる。
美容医療がこれからも健全に発展していくためには、医師側の制度や業界の在り方が見直されると同時に、受ける側も「知ったうえで選ぶ」姿勢が求められている。直美問題は、そのための重要な入り口だと考える。

健康ジャーナルライター
ホリスティック・ ジャーナル