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ストレスは腸内環境を狂わせる


人は常日頃からストレスという言葉を口にします。「仕事が忙しくて、ストレスが溜まる」「ストレスのせいで肩が凝る」という具合です。ではストレスとは一体何なのか?と聞かれると、返答に困ってしまうのではないでしょうか。

ストレスとはもともとは機械工学の用語で「物体に圧力を加えることで起こる歪み」のことを指します。生理学者のウォルター・キャノンは、すでに1914年には、今日使われているような意味でストレスという言葉を使っていたといわれますが、1936年にカナダの生理学者、ハンス・セリエが、ネイチャー誌に「ストレス学説」を発表して以降、広く一般にも知られるようになりました。

セリエ博士は、外部から個人にかかる負荷のことを「ストレッサー」、さらに人にストレッサーが加わった結果、個人の内部に溜まる歪みのことを「ストレス」と呼び、それが心・身体・行動の面で表れたものが「ストレス反応」であると定義しています。

さて、そのストレスですが、世間一般で考えられている以上に、私たちの心身、あるいは人間関係にさまざまな影響を及ぼしています。
我々の身体は、自律神経系や内分泌系および免疫系によって、普段特に意識しなくても恒常性(ホメオスタシス)が保たれるようになっています。

自律神経系は、交感神経と副交感神経から成り立っており、簡単に言えば前者は緊張状態で働く神経、後者はリラックス時に働く神経です。ところが、生体がストレッサーにさらされると、脳内の視床下部からCRH(corticotropin-releasing hormone)というホルモンの分泌が増加し、さらにこのCRHの刺激を受けて下垂体前葉からACTH(adrenocorticotrophic hormone)の分泌が促されます。
ここまでは脳内の出来事ですが、これらホルモンは血流に乗って遠く離れた臓器に作用を及ぼします。具体的には、このACTHが副腎(腎臓の上に位置する胡桃大の器官)皮質に作用し、コルチゾールというホルモンの分泌を促進します。

同様にストレスによって、交感神経終末からはノルアドレナリンが、副腎髄質からはアドレナリンが分泌されます。これらのホルモンは、ストレスに伴い分泌されるため、一般的に「ストレスホルモン」と呼ばれますが、こうした反応は短期的にみると、生体にとって有利に働きます。

この状態を簡単に説明すると、ここで少し、山で獰猛な熊に出会ったシーンを想像してみてください。銃やナイフのような武器は持っていません。まさに生きるか死ぬかの瀬戸際で、これ以上のストレスはそうそうありませんね。

このような状況で、もしのんびりとしていたら瞬時に命を落としてしまうでしょう。ですから私たちは、このような非常事態には交感神経を緊張状態にし、闘うか逃げるかして乗り切ろうとします。この反応を闘争・逃走反応と言います。
ストレスというと不快なイメージしか浮かばないかもしれませんが、本当は身体を守るために起こっている生体反応であり、人にとって生き抜くために必要な反応なのです。
交感神経が緊張すると、アドレナリンやノルアドレナリンの作用により心拍数は増加し、さらに筋肉や血管は収縮し血圧が上がります。
さらに手からの発汗を促し滑らないようにしたり、瞳孔は散大し遠くまで見渡せるようにするなど、いわば戦闘モードになります。

また、このようなときに低血糖では体が思うように動きませんから、血糖を強力に上げる作用のある「コルチゾール」が分泌されます。
コルチゾールは炎症を抑制したり血液凝固を促進する働きを併せ持ちますが、これはつまり、戦闘時に起こり得る炎症や出血に備えているわけです。このようにして体は、みずからをダイナミックに変化させて外界の変化に対応しようとします。
こうした生体の仕組みをアロスタシスと言いますが、我々はこのようにホメオスタシスとアロスタシスという、相反するような作用を併せ持つことで生命を維持しているわけです。

しかし、本来短期的な対応であるべきこうした交感神経の過緊張状態やコルチゾール過剰状態が長く続いてしまうと、さまざまな問題が起こってきます。具体的には、動脈硬化や糖尿病、高血圧症、虚血性心疾患、脳血管疾患などの生活習慣病や、うつ病など精神疾患の発症に繋がってしまいます。

日常生活で熊に出会うことはありませんが、闘争・逃走反応は今なお心身に刻まれていて、逆にこの時代ならではの脅威、すなわち職場での過重労働、対人関係からくるイライラや怒り、不満や焦燥感などの心理的・社会的ストレッサーにより、一連の闘争・逃走反応とそれに伴うさまざまな疾病が引き起こされてしまうというわけです。

怒りや恐怖は悪玉菌を増やす


人間の身体は約60兆個の細胞から成り立っていますが、我々の腸内にはそれを遙かに上回る数の細菌が共生しており、その種類は今や3万種類を超えるともいわれます。
これらの腸内細菌は、人間が食べたものをエサにして、私たちの腸内で独自の生態系「腸内フローラ」をつくっています。
体に良いといわれる腸内細菌、いわゆる善玉菌と呼ばれるビフィズス菌や乳酸菌がお腹の調子を整えることは、皆さんも経験的に知っていらっしゃることでしょう。ところが最近になって、腸内細菌はこうした一般的な常識をはるかに越えたレベルで、私たちの心身に様々な影響を及ぼすことがわかってきました。
なかでも、「腸は第2の脳」などと言われることもあるように、健康だけでなく心にも大きく関わっていることが明らかになってきました。と同時に、精神状態が腸内環境を変化させることもわかってきたのです。

ストレスが腸内フローラの細菌構成を変化させることは、すでに1940年代には動物実験で示されていました。
人間においては、怒りや不安、恐怖などの心理的ストレスにより腸内フローラが変動することが示されています。古くはアメリカのNASAや旧ソ連において、強いストレス下での生活を余儀なくされる宇宙飛行士の腸内細菌フローラを調査した結果、いわゆる悪玉菌が増殖していることが分かりました。
これは、宇宙空間という極度の不安や緊張を強いられたストレスが原因だと考えられています。

このようにストレスはいわゆる悪玉菌を増加させ、善玉菌を減少させると考えられています。
さらにまた、ストレスは免疫系にも悪影響を及ぼします。ストレスにより交感神経の過緊張状態が続くと、免疫細胞のうち顆粒球が増加し、相対的にリンパ球は減少します。 
先ほども書いた通り、心理的ストレッサーによりアドレナリンが分泌されますが、顆粒球はアドレナリンに対する受容体を持っているために、ストレッサーが加わることで増加します。
顆粒球には細菌感染を防ぐ働きがありますが、増えすぎると微小循環障害を引き起こし、また顆粒球が役目を終える際に出す活性酸素がDNAの二重らせんを傷つけることがあります。
一方で、リンパ球の減少、特にがん細胞を攻撃するNK細胞の減少は、直接的に免疫力の低下に繋がります。このようなことから、ストレスは、がんの発症にも関わっていると考えられています。以上のことから、がんの予防という観点においても、ストレスへの対処がいかに重要か、おわかりいただけるかと思います。

執筆
代田 多喜子

健康ジャーナルライター

ホリスティック・ ジャーナル

編集長 代田 多喜子


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